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2015/08/15 17:43 更新

LIFE

近頃、FC2の配信やTwitter上などで「良かったです」「楽しみにしています」という言葉をいただくことが、少し増えてきたように思う。ローカルな閉じた世界でしか自分がわからない上、己が過去の所業を省みるに、信じられない事態だ。
(過去の所業をご存じない方なら、2013年の冬コミあたりの絵日記のコメントを見るといい。僕がいかに嘘つきで役立たずな、口だけ野郎であるかが手に取るようにわかる。)

自分はずっと、自分の絵を、人間の勉強を始めた頃とほとんど変わっていなくて、(ちょっと整って小奇麗になった程度で、)世のプロが成す仕事とは程遠いと、常日頃から悔しく思っている。今まで、ゴミだクズだとたくさん蔑んでもきた。
しかしそんな自分の絵でも、何かしら感じていただけて、さらにそれを伝えていただけたことは、決して否定すべきではない至宝だ。それが社交辞令だったり、冗談だったり、冷やかしの側面を持った一時的なものであっても。
、、、まあ、本当にそうだったときのガッカリ感たるや地獄の底より知れないけども、我々描く人とは、見る人がいて初めて生かされる(見る人がいなければ生きられない)ことを深く痛感した。
そして、自分自身も見る人だから、自分以外、描く人のために、「ここが好きだぞ!」をちゃんと伝えなくてはイカンことも。

過去の罪滅ぼしはきちんとした作品を発表し続けることでしか決して成し得ないこと、未だに自分は何も作れていないこと(「自信がない」「完全にならない」という言い訳で逃げている)、それによって「作家としての活動が期待できない」と思われていること、自分の目から見た自分の絵と他人の目から見た自分の絵のギャップ、、実績の有無(そもそも実績とは、、?)、人の望むものに応えなくてはならない責任、半端なものは出したくないと言いながら半端なものしか出せていない現実、、誰の言葉をどこまで信用していいのか、自分はこれからどこに行くのか・どう生きたいのか、結果は出る(出せる)のか、あなたの心を掴むには、、自分は何が好きで、何が描きたいのか

考えなきゃいけないこと、決めなきゃいけないこと、言わなきゃいけないこと、作らなきゃいけないもの、、いっぱいあるのに、まるでまとまらない

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20150811f.png kgr20150811.png sor20150813.png sor20150813a.png sor20150813b.png リザードマン